学校は聖域として続くべきか。

学校

教師に非常識な人間が多いという考えをもっている人は少なくない。そして、それは学校が「聖域」だからであって、学校が「聖域」であることは望ましくないと思っているようだ。

では、学校が「聖域」でなくなると具体的にどのような変化がみられるだろうか。

まず考えられるのは、警察の積極的介入だろう。他の公共施設で考えると、例えば、駅で喧嘩があれば通報されるし、病院の受付で怒鳴り散らしている客は通報される。

警察がすぐに学校での殴り合いの喧嘩、生徒の教師暴行、教師の生徒暴行に介入するようになれば、学校での喧嘩や暴行の数は大幅に減るだろう。

警察には、生徒の暴言、教師の暴言にも厳しく対処してもらいたい。学校が「聖域」である現行制度では、例えば態度や言葉遣いに全く問題ない教師が教壇に立って授業をしているときに、何らかの理由で生徒から暴言を浴び続けたとしても、暴言をまき散らした生徒が通報されることはない。教師を守る法律が学校にはないからだ。

学校は問題のある子どもの言動や行動を正す場所であり、それは教師によって達成されるべきだと世の中からいまだに強く思われている。だから、警察はやってこない。

その考え方を巧みに利用して、悪事を繰り返す生徒がいる。先生に表向きに謝っておけば許してもらえて難を逃れることができると思っている。

そのような手を焼く生徒たちをきちんと更生させることができる教師は本当にごくわずかだろう。世の中を見渡してもそのような優れた人物はそうそういない。大部分の教師はごく普通の人間なのだから、尚更法律で適切に守られる必要がある。

「聖域」として見なされてきた学校は、いわば無法地帯だ。世の中の法律が効かない。だから、悪い生徒や悪い教師が問題を起こしても、それに対応することができない。放っておくしかなくなる。

学校は「聖域」として機能していた面もあるだろうが、学校内の悪事を厳正に処罰するためにも今までの形態は改めなければならないだろう。

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